あの日へのまなざし:災害ユートピアを再生する集合住宅の提案(B4 羽山葵)
宮城県富谷市成田は平成初期に造成された住宅団地である。地区内には小中学校や商業施設の他、歩行者専用道路である緑道なども整備され、約1万人が暮らす市内でも最大規模の地区となっている。しかしながら、住むための場所としてつくられたこの地区は、暮らしが個別化する現代の中で、地域としての繋がりや愛着を感じられない場所になってしまっている。ただ、2011年3月11日は違った。沿岸部ではなかったため津波などの大きな被害はなかったものの、東北地方を襲った東日本大震災は、富谷市にも電気、水道、ガスといったライフラインの断絶など大きな影響を及ぼした。生きるために必要な食、水なども不足し、地区内では炊き出しや給水活動など様々な共有が生まれた。災害などの直後に、緊迫した状況のなかで誰もが利他的になり、隣人や見知らぬ人々に思いやりを示す現象を「災害ユートピア」と呼ぶが、このときこの場所でも災害ユートピアが発生していたと言える。しかしながら、災害ユートピアは災害発生直後の短期間だけ持続し、徐々に解体されていくという性質を持つ。そこで、日常の中でも、震災時にはあった繋がりや共有して生活をするという意識を再生することのできるようなまちの拠点を考える。本計画ではその拠点として集合住宅を提案する。集合住宅の共有部を住人だけでなく地域の人に向けて開き、日常生活を地域住民で共有する仕組みをつくる。共有する機能としては、震災時に起こった共有活動から、食の共有、水の共有、情報の共有などを計画し、共有キッチン、食堂、風呂などを提案する。また、震災当時の記憶を建築に落とし込む。それにより、震災をこの場所で経験した人にとっては震災の記憶や災害ユートピアへの意識を呼び起こすものになり、経験していない子ども達などにとっては震災の記憶を伝承するきっかけづくりになるよう計画する。まちに欠ける繋がりや共有への意識を震災時の記憶の整理から得られた方法で呼び起こすことで、まちの新たな繋がりや愛着を生み出し、震災の記憶の想起、伝承にも寄与することによって、このまちをより強い共同体へ昇華させることを目指す。






